マンチェスター・シティ、ジローナ、ニューヨーク・シティFC、メルボルン・シティ。
これらは異なる国のリーグで戦う別々のクラブですが、いずれも「シティ・フットボール・グループ」と深い関係を持っています。
一方、RBライプツィヒ、レッドブル・ザルツブルク、ニューヨーク・レッドブルズ、レッドブル・ブラガンチーノなどは、飲料メーカーのレッドブルを中心とした世界的なサッカーネットワークを形成しています。
このように、一つの企業や投資グループが複数のサッカークラブを保有・運営する仕組みが、マルチクラブオーナーシップです。
近年では単なるクラブ買収ではなく、選手育成、スカウティング、戦術、スポンサー、データ分析までをグループ全体で共有する経営モデルへと進化しています。
しかしその一方で、
- 同じオーナーのクラブ同士が対戦して公平なのか
- 選手がグループの商品として扱われないか
- 地域クラブの伝統や独自性が失われないか
といった問題も指摘されています。
本記事では、マルチクラブオーナーシップの基本的な仕組みと、シティ型・レッドブル型経営の違い、サッカー界にもたらしたメリットと問題点をわかりやすく解説します。
マルチクラブオーナーシップとは
マルチクラブオーナーシップとは、英語で「Multi-Club Ownership」、略してMCOと呼ばれるクラブ保有形態です。
一つの企業、投資ファンド、個人投資家などが、異なる国やリーグに所属する複数のサッカークラブを保有、または経営面で強い影響力を持ちます。
従来のクラブ経営では、オーナーが一つのクラブに資金を投入し、そのクラブ単体で成功を目指すのが一般的でした。
マルチクラブオーナーシップでは、複数クラブを一つのネットワークとして捉えます。
たとえば、南米で若手選手を発掘し、ベルギーやフランスのクラブで欧州サッカーに適応させ、最終的にイングランドやドイツの上位クラブへ移すという育成ルートを作れます。
単にクラブを複数持つのではなく、グループ全体で選手・データ・ノウハウ・人材を循環させる点が大きな特徴です。
なぜマルチクラブ経営が増えているのか
若手選手を自前のネットワークで育てられる
ビッグクラブが将来有望な若手を獲得しても、すぐにトップチームで起用できるとは限りません。
かといって、無関係のクラブへ期限付き移籍させると、希望するポジションや戦術で起用してもらえる保証はありません。
グループ内に複数のクラブがあれば、選手の年齢や実力に合ったリーグへ移籍させやすくなります。
さらに、グループ内で育成方針やプレーモデルを共有していれば、選手はクラブを移っても似た考え方のもとでプレーできます。
世界中にスカウト網を持てる
一つのクラブだけで世界中の選手を調査するには、多くのスカウトと費用が必要です。
しかし南米、北米、欧州、アジア、オセアニアにグループクラブがあれば、それぞれの地域で有望選手を早い段階から発掘できます。
現地クラブのブランドや人脈も活用できるため、外部から選手を探すよりも、情報を入手しやすくなるのです。
経営ノウハウを共有できる
マルチクラブ経営で共有されるのは選手だけではありません。
マーケティング、スポンサー営業、チケット販売、データ分析、医療、トレーニング方法、アカデミー運営などもグループ内で共有できます。
経営規模の小さいクラブにとっては、世界的なグループのノウハウや技術を導入できることが大きなメリットになります。
シティ・フットボール・グループとは
マルチクラブオーナーシップの代表例が、シティ・フットボール・グループです。
同グループはマンチェスター・シティを中心に、ニューヨーク・シティFC、メルボルン・シティ、ジローナ、パレルモ、トロワ、ロンメル、バイーアなど、世界各地のクラブを保有しています。
公式サイトでは、グループが世界の複数大陸にクラブネットワークを展開していることが紹介されています。横浜F・マリノスやクラブ・ボリバルのように、完全な所有クラブではなく、提携クラブとしてネットワークに参加している例もあります。
シティ型は「共通基盤+地域性」
シティ・フットボール・グループの特徴は、データ分析、選手獲得、育成、経営などの共通基盤を持ちながら、それぞれのクラブの地域性を残そうとしている点です。
一部のクラブには「シティ」という名称や水色のユニフォームが採用されていますが、すべてのクラブがマンチェスター・シティと同じ名前やエンブレムを使っているわけではありません。
ジローナ、パレルモ、トロワなどは、それぞれのクラブ名や伝統的なカラーを維持しています。
つまりシティ型は、各クラブを完全に同一ブランドへ統一するというより、グループの経営・データ基盤を裏側で共有するモデルといえます。
選手移籍だけが目的ではない
シティ・フットボール・グループは、しばしば「マンチェスター・シティに選手を送るための組織」と見られます。
しかし実際には、すべてのクラブがマンチェスター・シティの下部組織として存在しているわけではありません。
各クラブがそれぞれのリーグで成績を伸ばし、観客やスポンサーを獲得し、クラブとしての価値を高めることも目的です。
有望選手がグループ内を移動するケースはありますが、全員がマンチェスター・シティを最終目的地としているわけではありません。
レッドブル型経営とは
もう一つの代表例がレッドブルです。
レッドブルは、RBライプツィヒ、レッドブル・ザルツブルク、ニューヨーク・レッドブルズ、レッドブル・ブラガンチーノなど、複数の地域でサッカークラブに関与しています。
シティ型との大きな違いは、レッドブルというブランドとサッカー哲学を、各クラブへ強く反映させている点です。
共通するプレースタイル
レッドブル系クラブは一般的に、
- 強度の高いプレッシング
- ボールを奪ってから素早く攻める
- 縦方向への速い展開
- 若く運動能力の高い選手の起用
を重視してきました。
クラブごとに監督やフォーメーションは異なりますが、選手に求める特徴や基本的なプレー思想には共通点があります。
2025年にはユルゲン・クロップ氏がレッドブルのグローバルサッカー部門責任者に就任しました。クラブ単位ではなく、複数クラブを横断してサッカー戦略や指導者育成に関わる役割であり、レッドブル型経営を象徴する人事といえます。
若手を段階的に引き上げる
レッドブル型では、若手選手がグループ内で段階的にステップアップする流れが目立ちます。
たとえば、比較的若い年代でザルツブルクやニューヨークに加入し、そこで経験を積んだあと、より競争レベルの高いRBライプツィヒへ移る形です。
アメリカ代表のタイラー・アダムスは、ニューヨーク・レッドブルズのアカデミーからトップチームへ昇格し、その後RBライプツィヒへ移籍しました。複数クラブをまたぐ育成ルートの代表例です。
シティ型とレッドブル型の違い
シティ型とレッドブル型は、どちらも複数のクラブを結ぶ経営モデルですが、その思想には違いがあります。
シティ型
- クラブ経営、データ、スカウト網を共有する
- 地域ごとのクラブブランドを比較的残す
- 世界各地に幅広くネットワークを築く
- 選手だけでなく経営価値の向上も重視する
レッドブル型
- 共通するブランドイメージを前面に出す
- 戦術や選手獲得の基準を統一する
- 若手をグループ内で段階的に育てる
- ハイプレスや高速攻撃など共通のサッカー哲学を持つ
簡単に表現するなら、シティ型は「共通の経営プラットフォーム」、レッドブル型は「共通のサッカーシステム」に近いモデルです。
ただし、これは完全に分けられるものではありません。
シティ・フットボール・グループも戦術や育成方針を共有していますし、レッドブルもマーケティングや経営ノウハウを共有しています。
両者の違いは、どこをより強く打ち出しているかという程度の違いと考えたほうがよいでしょう。
マルチクラブオーナーシップのメリット
選手の成長に合った環境を用意できる
トップクラブで出場機会を得られない選手を、グループ内の別クラブへ移せます。
同じグループであれば、選手の起用方針や成長状況を共有しやすく、一般的な期限付き移籍よりも計画的に育成できます。
移籍市場のリスクを減らせる
若手選手の獲得は、将来性に対する投資です。
必ずトップレベルへ到達するとは限りません。
複数のクラブを持っていれば、一つのクラブで定位置をつかめなくても、別のリーグや環境で価値を高められる可能性があります。
小規模クラブが成長できる
資金力や分析体制が十分でなかったクラブでも、グループ傘下に入ることで設備投資、スカウト網、データ分析、人材交流などの恩恵を受けられます。
クラブ単体では獲得できなかった選手やスタッフを呼べるようになることもあります。
グローバル市場へ進出できる
アジア、北米、南米などにクラブを持つことで、企業はそれぞれの地域でファンやスポンサーを獲得できます。
サッカークラブは単なるスポーツチームではなく、地域との接点を持つ強力なブランドでもあるのです。
問題点① 同じオーナーのクラブが対戦する公平性
最大の問題は、同じ企業や投資家の影響下にあるクラブ同士が、同じ大会で対戦する可能性です。
仮に両クラブの経営判断、選手移籍、スタッフ人事に同じ人物が関与していれば、試合の公平性に疑問が生じます。
UEFAのクラブ大会規則では、一つの個人または法人が、同じUEFA大会に参加する複数クラブへ支配的な影響力を持つことを制限しています。
具体的には、議決権の過半数を持つことや、取締役などの過半数を任命・解任する権利を持つことなどが、支配・影響力を判断する基準に含まれます。
2017年にはRBライプツィヒとザルツブルクについて、レッドブルが両クラブに「決定的な影響」を与えているかがUEFAによって審査されました。最終的には両クラブのUEFAチャンピオンズリーグ出場が認められましたが、経営や組織上の関係性が詳しく検証されています。
問題点② 規制に合わせた“形式的な独立”ではないか
UEFA大会への出場条件を満たすため、株式を一時的に独立した信託へ移したり、経営陣を分離したりする対応が取られる場合があります。
シティ・フットボール・グループは、マンチェスター・シティとジローナのUEFA大会参加に関連して、ジローナ株式を独立したブラインドトラストへ移す措置を取ったことを公表しています。
こうした対応により、規則上はクラブ同士の独立性が確保されます。
しかし批判的な立場からは、「大会出場期間だけ形式的に分離しているのではないか」「実質的な関係まで完全に切れているのか」という疑問も出ます。
2025年にはクリスタル・パレスとオリンピック・リヨンを巡るマルチクラブ問題もUEFAの審査対象となり、クラブ大会への出場資格に大きな影響を及ぼしました。
問題点③ 移籍価格は本当に適正なのか
グループ内で選手を移籍させる場合、移籍金が市場価格に基づいているのかという問題があります。
移籍金を高く設定すれば、売却するクラブの収益を増やせます。
反対に安く設定すれば、獲得する側の負担を抑えられます。
両クラブの実質的な支配者が同じ場合、通常のクラブ間交渉とは異なる判断が行われる可能性があります。
そのため、関連クラブ間の取引については、財務規則や市場価格との整合性が厳しく見られます。
問題点④ クラブの序列が生まれる
マルチクラブグループでは、すべてのクラブが完全に対等とは限りません。
実際には、
- 世界的タイトルを狙う中心クラブ
- 若手を育てるクラブ
- 特定地域の選手を発掘するクラブ
- 欧州での適応を支援するクラブ
といった役割分担が生まれやすくなります。
これは効率的な一方で、あるクラブが上位クラブへ選手を送るための「育成機関」として扱われる危険性もあります。
サポーターにとって、自分たちのクラブは地域を代表して勝利を目指す存在です。
グループ全体の利益を優先した結果、主力選手が別クラブへ移されたり、クラブ独自の目標が後回しになったりすれば、反発が起きるのは当然でしょう。
問題点⑤ クラブの歴史や地域性が失われる
サッカークラブは一般企業とは異なり、地域の歴史や文化、サポーターの記憶と強く結びついています。
クラブ名、エンブレム、ユニフォームカラーを企業ブランドに合わせて変更すると、経営的には統一感が生まれます。
しかし長年応援してきたサポーターにとっては、クラブが別の存在へ変えられたと感じる可能性があります。
マルチクラブ経営では、グローバルな効率性とローカルなアイデンティティーをどう両立させるかが重要になります。
FIFAの大会でも問題になったマルチクラブ経営
マルチクラブオーナーシップの問題は、欧州だけに限りません。
2025年のFIFAクラブワールドカップでは、メキシコのCFパチューカとクラブ・レオンが、同大会のマルチクラブ保有規定を満たしているかが問題となりました。
FIFA上訴委員会は、両クラブが大会規則の基準を満たしていないと判断しました。
この事例は、複数クラブ経営が国内リーグだけで完結する問題ではなく、国際大会の出場資格そのものを左右することを示しています。
マルチクラブ経営はサッカーを良くしたのか
マルチクラブオーナーシップを、単純に「良い」「悪い」と結論づけることはできません。
選手育成やスカウティングの面では、大きな可能性があります。
これまで発見されなかった地域の選手が、世界的なネットワークを通じて適切なクラブへ移れるようになりました。
経営に苦しんでいたクラブが、設備や人材への投資を受け、競争力を高められるケースもあります。
一方で、競争の公平性や移籍取引の透明性、クラブの独立性については、明確なルールが必要です。
マルチクラブ経営そのものを禁止するだけでは、世界的に広がった投資や育成ネットワークをすべて否定することになります。
重要なのは、
- 経営判断が独立しているか
- 選手移籍が市場価格で行われているか
- 同一大会で公平な競争が守られるか
- 地域クラブの意思と伝統が尊重されているか
を継続的に監視することでしょう。
日本やJリーグにも関係する問題なのか
マルチクラブオーナーシップは、欧州だけの話ではありません。
Jリーグクラブが海外の経営グループと資本提携したり、海外クラブとの選手育成ネットワークを構築したりする可能性は今後もあります。
横浜F・マリノスは2014年からシティ・フットボール・グループ(CFG)と資本提携していましたが、2026年6月にCFGが保有していた全株式を譲渡し、資本関係は解消されました。ただし、両者の関係が完全に終了したわけではなく、現在は「パートナークラブ」として、トップチーム強化やスポンサー、事業面での連携を継続しています。
したがって、現在の横浜F・マリノスはCFGの保有クラブではなく、協力関係を持つ提携クラブと位置付けるのが正確です
日本の若手選手にとっては、海外移籍へのルートが増えるメリットがあります。
一方で、Jリーグクラブが海外グループの「選手発掘拠点」や「育成クラブ」としてのみ扱われないためには、クラブ側が主体的な経営方針を持つ必要があります。
まとめ
マルチクラブオーナーシップとは、一つの企業や投資グループが、複数のサッカークラブを所有・運営する経営モデルです。
シティ・フットボール・グループは、世界各地のクラブでデータ、スカウト、経営ノウハウなどを共有しています。
レッドブルは、ブランドだけでなく、若手育成やハイプレスを中心としたサッカー哲学までグループ全体へ浸透させています。
この仕組みによって、選手を発掘し、適切なリーグで育て、段階的にステップアップさせることが可能になりました。
一方、同じオーナーのクラブ同士が国際大会へ出場する場合、競争の公平性や経営の独立性が問われます。
クラブがグローバル企業の一部になる時代において、サッカー界に求められているのは、投資を拒むことではありません。
資金やノウハウがもたらすメリットを生かしながら、クラブの独立性、競技の公平性、地域のアイデンティティーを守るルールを整えることです。
マルチクラブオーナーシップは、サッカーの可能性を広げる仕組みであると同時に、「サッカークラブは誰のものなのか」を改めて問いかける存在なのです。






