サッカー選手の「テクニック」と聞けば、ロナウジーニョやネイマール、ジェイジェイ・オコチャといった名前を思い浮かべる人が多いでしょう。
しかし2000年代のイングランド下部リーグには、彼らとはまったく違う場所で観客を沸かせ続けた、とんでもない技巧派がいました。
「リー・トランドル(Lee Trundle)です。
左足に吸い付くようなボールコントロール、足裏を使ったフェイント、股抜き、ループ、そして試合中とは思えないようなトリック。
決してスピードで圧倒する選手ではありません。それなのに、相手は分かっていてもボールを奪えない。
2000年代にイングランドのサッカー番組を見ていた人なら、名前を忘れていても「ものすごく上手い左利きの選手」として記憶に残っているかもしれません。
では、リー・トランドルとはいったい何者だったのでしょうか。
リー・トランドルとは?
リー・トランドルは1976年生まれ、イングランド・リヴァプール出身のストライカーです。
キャリアはかなり異色でした。
若い頃からプロクラブのエリート育成を受けた選手ではなく、バースコー、チョーリー、スタリーブリッジ・セルティック、サウスポート、ライルなど、ノンリーグを転々としています。
本格的にプロの世界へ入ったのは24歳でレクサムに加入してからでした。
本人によれば、若い頃にはプレストンやブラックバーンなどから関心を持たれたこともあったものの、当時はサッカーを「仕事」として真剣に捉えておらず、トライアル後に練習へ行かなかったことすらあったそうです。本人は後年、この時期について「自分の態度」がプロ入りを遅らせたと振り返っています。
そして彼の人生を大きく変えたのが、2003年のスウォンジー・シティ移籍でした。
スウォンジーで「全国区」の人気選手に
スウォンジー加入時、トランドルはすでに26歳。
一般的なスター選手なら、そろそろキャリアのピークに差しかかる年齢です。
ところがトランドルの場合、ここから一気にブレイクします。
加入初戦でゴールを決めると、その翌週にはチェルトナム戦でハットトリック。その後も得点を量産し、スウォンジーでの最初の4シーズンはいずれも20得点以上を記録しました。
2003〜2007年の最初の在籍期間だけで146試合78得点。後の復帰期間を合わせると、スウォンジーでは公式戦194試合91得点を記録しています。
ただ、トランドルが特別だった理由は得点数だけではありません。
むしろ、多くの人が彼を覚えている理由はゴールまでの過程にあります。
左足に来ると分かっている。それでも止められない
トランドルはかなり強烈な左利きでした。
本人も、
「相手DFは僕が左足へ行くことを分かっていた」
と振り返っています。
右足へ切り返して縦へ爆発的に加速するわけではない。それでも左へ持ち出し、シュートやパスまで持っていってしまうのです。
面白いのは、彼のドリブルが典型的な「快速ドリブラー」とまったく違うことです。
トランドルは爆発的なスプリントでDFを置き去りにするのではなく、
相手を自分の間合いに引き込み、ボールを細かく動かし、身体をぶつけながら、最後に左足へ持ち出す。
ボールを足元へ置いたまま、相手の重心が動くのを待つようなドリブルでした。
そのため動画を見ると、ものすごく速く動いているようには見えません。
ところがDFだけが逆方向へ動いている。
トランドルの上手さは、単純な足技の速さというより、ボールの置き場所と相手との距離感にあったと言えます。
伝説の「ショルダーロール」
トランドルを象徴するプレーがあります。
2003年、スウォンジー対ハダースフィールド戦。
浮いてきたボールを受けたトランドルは、突然ボールを肩から肩へ転がすようにコントロールしました。
いわゆる「ショルダーロール」です。
練習やフリースタイルならともかく、これを公式戦の途中でやってしまいました。
しかも本人によると、事前に「今日はあの技をやろう」と決めていたわけではありません。ボールが来た瞬間に「ここならできる」と感じてやったものだったそうです。
当然、相手側から見れば面白くありません。
実際、トランドルの派手なプレーには「相手を侮辱しているのではないか」という批判もありました。
しかし本人の考えは違いました。
相手を馬鹿にするためではなく、観客を楽しませるため。
彼にとってフェイントは余興ではなく、サッカーそのものだったのです。
『Soccer AM』が生んだ「Showboat King」
そしてトランドル人気を決定的にしたのが、当時イギリスで人気だったSky Sportsのサッカー番組『Soccer AM』でした。
番組には週末の試合から華麗なテクニックを紹介する「Showboat」のコーナーがあり、トランドルのプレーが何度も登場します。
ショルダーロールをきっかけに、スウォンジーの試合を普段見ないサッカーファンにも名前が知られるようになりました。本人自身も『Soccer AM』によって英国全体に知られるようになったと振り返っています。
今ならTikTokやYouTube、Xで一晩にして拡散されるようなプレーでしょう。
しかし当時はまだSNSがありません。
それでも下部リーグの選手が全国的な人気者になった。
ある意味、トランドルは「SNS以前のバズったサッカー選手」だったのです。
2026年3月、BBC Sportが歴代のショーボート系選手を特集した際にもトランドルを取り上げ、「Showboat King」と紹介しています。ロナウジーニョやオコチャら世界的スターを扱う記事の中で、プレミアリーグ出場経験すらないトランドルが登場すること自体、その特殊な存在感を物語っています。
ただの「曲芸選手」ではなかった
ここで重要なのは、トランドルを単なるトリックプレーヤーだと思わないことです。
もし足技だけの選手なら、ここまで長く語り継がれることはなかったでしょう。
最大の違いはきちんと得点を取っていたことです。
スウォンジーでは4シーズン連続20得点以上。
FAカップでも印象的なゴールを決め、2005-06シーズンのフットボールリーグ・トロフィー決勝ではカーライルを相手に見事なボレーを決めています。
そして本人は2026年のBBCの取材で、トリックについて興味深いことを語っています。
彼にとって技は、単にその場を盛り上げるものではありませんでした。
スペースを作る、チャンスを作る、ゴールにつなげる。
だからこそ技を使う。
その意味では「魅せるプレー」と「効果的なプレー」を本人の中では分けていなかったのでしょう。
では、なぜプレミアリーグでプレーできなかったのか?
これだけ技術があった選手なら、
「なぜプレミアリーグのクラブが獲得しなかったのか?」
という疑問も浮かびます。
まず大きかったのがプロ入りの遅さでしょう。
24歳でようやく本格的なプロとなり、スウォンジーでブレイクしたときにはすでに26歳。2007年にチャンピオンシップのブリストル・シティへ100万ポンドで移籍したときには30歳になっていました。
さらにチャンピオンシップへ上がると、スウォンジー時代ほど圧倒的な数字は残せませんでした。
2007-08シーズンはリーグ35試合5得点。シーズン中にはスタメンを外されることもあり、100万ポンドという当時としては大きな移籍金に見合う結果を出せているのか疑問視されました。
それでも、最後に大仕事をします。
あと1試合でプレミアだった
2007-08シーズン、ブリストル・シティはチャンピオンシップ昇格プレーオフへ進出します。
準決勝の相手はクリスタル・パレス。
第2戦は延長戦へ入り、104分。
トランドルがペナルティーエリア付近から左足で美しいカーブシュートを決めます。
ブリストル・シティはこのゴールをきっかけに勝利し、プレミアリーグ昇格を懸けたウェンブリーでの決勝へ進みました。
決勝の相手はハル・シティ。
トランドルも先発しました。
勝てばプレミアリーグ。
しかし試合はディーン・ウィンダスのボレーによる1点で、ハルが1-0で勝利しました。
トランドルとプレミアリーグとの距離は、最後にはたった1試合でした。
もしあの試合に勝っていれば、「プレミアリーグでリー・トランドルがどこまで通用したのか」という答えを私たちは見ることができたはずです。
「育成されなかった」からこそ生まれたテクニック
トランドルのキャリアでもう一つ面白いのが、本人が自分のテクニックについて語った言葉です。
少年時代はいつもボールを持ち歩き、庭でも一人でさまざまな技を試していたといいます。
そしてプロクラブのアカデミーに入らなかったことについて、後になってむしろプラスだったのではないかと振り返っています。
若い頃に、
「そこでパスしろ」
「シンプルにプレーしろ」
「そんな技をするな」
と指導されなかった。
そのため、子どもの頃に路上や公園でやっていたサッカーを、そのまま大人になっても続けられたというわけです。
これはトランドルという選手を理解するうえで、かなり重要なポイントでしょう。
彼のプレーには、現代のアカデミー育ちの選手にはなかなか見られない独特の癖があります。
効率だけを考えれば、もっと簡単なプレーがある。
でも、あえて相手をかわす。
それがトランドルでした。
現代サッカーだからこそ、逆に見たくなる選手
現代サッカーでは、選手には非常に高い強度が求められます。
前線の選手でも守備を行い、スペースを埋め、決められたタイミングでプレスをかける。
データ分析も進み、「どのプレーが最も得点につながりやすいか」まで可視化されるようになりました。
もちろん、それによってサッカーのレベルは大きく向上しています。
ただ、その一方でトランドルの動画を見ると、不思議と目が離せません。
次に何をするのか分からないからです。
本人は2026年のBBC取材でも、「人々は他の人にはできないことを見たい」と語っています。
そこにトランドルという選手の魅力が凝縮されている気がします。
まとめ|リー・トランドルは「記録」より「記憶」に残った
リー・トランドルはプレミアリーグでプレーしていません。
イングランド代表歴もありません。
世界的なビッグクラブに所属したこともありません。
それでも、2000年代のイングランドサッカーを見ていた人の中には、今でも彼の名前を覚えている人がいます。
そして名前を忘れていたとしても、
「下部リーグに、とんでもなくボールが上手い左利きの選手がいた」
という記憶だけが残っている人もいるでしょう。
それこそがトランドルという選手の凄さなのかもしれません。
プロ入りは遅く、最高峰の舞台には届かなかった。それでも自分のスタイルを変えず、左足とアイデアだけでスタジアムを沸かせ続けた。
リー・トランドルは、数字やタイトルだけでは評価できない、まさに「ストリートサッカーの天才」でした。
そしてSNS全盛の今、もし全盛期のトランドルが現れたなら――。
毎週のように彼のプレーが世界中へ拡散されていたとしても、まったく不思議ではありません。
20年以上経っても「ボールを持って人を楽しませる」という部分は変わっていないようです

